四年
2001年9月11日、私たちは台北のお茶屋さん*1にいたのでしたが、遠くニューヨークでは飛行機がビルにつっこんでいました。テレビをつけるとうろたえた大統領が「俺のせいじゃない」と演説をしていて、その演説はその後二度と放映されませんでした*2
2005年9月11日、私は近くの公民館で投票をすませ、断水の合間を縫ってシャワーを浴び、CNNでニューオリンズの被災地の状況とそれを大統領がうすら笑ってごまかす画を見て、ちょっと勉強して、今度は我が国の首相がうすら笑って選挙戦の感想を述べる様を見て、美味しいものを食べて、ちょっと勉強しました。
私はうすら笑う国家元首は嫌いです
政策がどうの、争点がどうの、宣伝手法がどうの、ああだこうだといろいろやって、結局出口調査では自民圧勝なのだそうです。
昔話。私の通っていた中学では生徒会長と副会長を選挙で選ぶのですが、ある選挙で
- 私の学年
- 一つ下の学年
の一騎打ちになり、熾烈な選挙運動の結果、一つ下の学年*3を打ち破った我が学年は二期連続で生徒会に君臨することになりました。その時、我々はみな充実した選挙活動に勝ち抜いたという事実に酔いしれて、『数は力なり』なんて嘯いていたのですが、軍国少年上がりの地理の教師は我々を前にして烈火の如く怒り、
「こういうのを衆愚政治というのだ」
と二時間ばかり我々を絞り上げたのでした。
今こそ、国民のみなさんにこの話を聞かせてやりたいですよ、ねえ、滝山先生?