火種

韓国における洋方vs.韓方(西洋医vs.漢方医)論争について。


ことの発端は、漢方医側が制作した「風邪の治療は漢方で」というポスターで、西洋医側はこれに対し大韓内科学会および大韓小児科学会がそれぞれ、「漢方薬は効果が薄く危険」、「子供に漢方を使うのは危険」という趣旨のポスターを制作した。


その後、当然のように法廷闘争に突入したこの論争、西洋医側の「漢方は効かない」という主張の根拠はなんと日本で出版された漢方排斥本・『漢方薬は危ない』(1992)。しかも、ワニの本シリーズ。これに対し、先日の阿蘇シンポジウムに韓国から出席した韓医師の金英信氏は


どうして日本の学者はこんな本に論文を引用されて*1反論しないのか!


と怒り心頭であった。しかし、日本ではだれもワニの本をまじめに論駁したりはしないのである。そうはいっても、かの地では伝統医学存亡の危機であることに変わりはないので、居並ぶ我が国漢方・中医学界のビッグネームたちはシンポジウムもそこそこにこぞって対策を立て始めたのである。いわば私は、歴史的瞬間に立ち会ったことになる。


で、いったいどこの誰がそんなゾッキ本を書いたんだろう、と思って調べてみたら、こんなページに行き当たった。


高橋晄正


以下、ちょっと引用(没年を加筆)。

1918-2004
秋田県仙北郡角館町に生まれる。
推計学に基づく医学を提示、実践し、薬害や食品公害の撲滅運動を続けている医師。

経歴と業績
1941年東京帝国大学医学部卒。同年東大物療内科入局*2。海軍徴用軍医、秋田赤十字病院内科医員を経て、1948年東大物療内科へ復帰。1959年東京大学医学部講師となり、講師のまま1974年定年。医師の腕や経験にたよる医学に疑いを持ち、科学としての医学をめざし、推計学により診断ができることを実証した(計量診断学)。治療法や予防法も科学的に検証し、薬害訴訟のおきた薬のみならず、総合保健薬、漢方薬など科学的評価を経ていない多くの薬、インフルエンザ予防接種やフッ素洗口などの予防法、食品添加物や食品への放射線照射などを批判し、1970年、「薬を監視する国民運動の会」を発足させ、代表となる。機関誌『薬のひろば』を1989年100号まで発行し、廃刊後も、薬害・食品公害への警鐘を鳴らし続けている。


薬害、という言葉を日本に定着させた人の一人らしい。で、学会に睨まれて講師どまりであったのだろう。計量診断学は一つの方法として確立しているが、それを漢方薬に単純に当てはめるのは牽強付会と言わざるを得ない。そもそもパラダイムが違うのである。このパラダイム問題は西洋vs.東洋の争いにおいて常にベースラインを描いているのだが、悲しいかな双方とも自らのものさしでしかものを考えることができないので、決まって泥仕合になる。


というわけで、一連の騒動は、単に


の職分争いだけではなく、

  • アカデミズム vs. 非アカデミズム
  • オリエント vs. オキシデント


の複合構造によって引き起こされている、といえよう。


しかし、日本の学会に疎まれて野に下った高橋氏の著作が、今になって韓国の権威ある学会の論拠となるのだから、世の中は何が起きるかわからない。

*1:社団法人東洋医学会理事にして富山医科薬科大学大学院医学系研究科教授・21世紀COEプログラム「東洋の知に立脚した個の医療の創生」拠点リーダーの寺澤捷年氏も批判されている。

*2:物療内科、とは物理療法内科の略で、東大にしかない。高橋氏入局の25年後、東京女子医科大学付属東洋医学研究所前所長の代田文彦氏(故人)が入局しているのは歴史の皮肉か。